1990年 JFPAの前身であるHPO(北海道ピンボールオーガニゼイション)を北海道内のピンボールクラブとして代表が創設。
1991年 旭川市内のピンボール設置ロケにて定期的に大会を開催。
1992年 北海道内のピンボール筐体の設置に尽力。代表がシカゴのピンボールエキスポへ行き、初の海外トーナメントに参加。
1993年 TPO(東京ピンボールオーガニゼイション)主導の下に、世界選手権トーナメントに参加。代表は部門2種目優勝、他の在籍メンバー2名もダブルスの世界チャンピオンとなる。
1996年 ピンボールマシンを複数設置していたスガイ興行の修理・メンテナンスを請け負い、普及に努める。
2000年 国内景気の衰退により、北海道内のピンボールがほぼ無くなったため、活動を一時休止。
2008年 10年弱休止していた世界選手権が2007年に復活したため、代表がトーナメント日本代表として再度参加。
2016年 IFPA公式トーナメントを行っていた関東のネバーランドが閉店し、国内トーナメントが急速に縮小したため、群馬県SALOOONで定期的に、トーナメントの開催を行い始める。
2017年 日本最大設置数を誇る、大阪、Silver Ball Planetにて大会を開催。北海道でも、BAR BOOGALOOで大会を開催。
2018年 埼玉県BAYONで大会を開催。世界のピンボール設置場所を登録しているpinballmap.comに日本地域の管理者として協力。
2019年 HPOを吸収し、全国の意欲的な会員の協力を得てJFPAとして活動を再開。台湾オープントーナメントにメンバー3人が参加。うち2人が優勝。
2020年

JFPA沿革